ZAMDA第10号正誤表

ZAMDA第10号正誤表

 書籍・雑誌には誤植など間違いはつきものとは言いますが、やはり文字の間違いや事実誤認はどこかで訂正しなくてはいけません。
 というわけで、『ZAMDA』第10号における訂正箇所をここにあげておきます。どうぞご参照ください(なお下記以外にも間違いを発見次第、このページに追加していきます)。すでに初版を買っていただいた皆さんには申し訳ございませんが、二刷り以降ではこれらの箇所は直すようにいたします。


訂正箇所
P.59 3段目後ろから2行目 歌……って、柳昇師匠の 歌……って、全部柳昇師匠の
P.61 1段目2行目 西田和晃 西田和
P.75 1段目後ろから7行目 浜崎あゆみから自分のフェイバリットソングの一つは「勝手にシンドバッド」であり、それがヒットしたのは自分の生まれた年だと言われて 浜崎あゆみに昔から母親の影響でサザンオールスターズのファンで(中でも一番好きな歌は「チャコの海岸物語」)、さらにサザンのデビューしたのが自分の生まれた年だと言われて
P.76 1段目後ろから2行目 出したシングルはすべてヒットチャートの一位となり、まさに人気の絶頂にあった。 出したシングルはすべてヒットチャートの一位となり、ピンク・レディーはまさに人気の絶頂にあった。
P.78 1段目後ろから12行目 その後学習院大学に在学中、父の友人で当時CBSソニーの社長を務めていた大賀典雄 その後学習院大学に在学中、父の友人で当時CBSソニーの専務(のち社長)を務めていた大賀典雄
P.78 1段目後ろから4行目 はっぴぃえんど はっぴえんど
P.80 1段目7行目 その後、翌年改めてアメリカで録音された、七九年七月発売の「波乗りパイレーツ」――より正確に言うなら同名シングルB面のいわゆる「U.S.A.吹込盤」――ではコーラスに何とビーチボーイズのメンバーを従えて歌い35、それに続く「KISS IN THE DARK」ではいよいよ全米デビューし(七九年五月)、日本の歌手としては坂本九の「SUKIYAKI」「CHINA NIGHT」(それぞれ「上を向いて歩こう」「支那の夜」のアメリカでのタイトル)以来となるビルボード誌のヒットチャート・トップ四〇入りを果たした(最高位は三七位)36 だがその翌年に改めて録音された「KISS IN THE DARK」で全米デビューは実現し(七九年五月。日本盤発売は同年九月)、日本の歌手としては坂本九の「SUKIYAKI」「CHINA NIGHT」(それぞれ「上を向いて歩こう」「支那の夜」のアメリカでのタイトル)以来となるビルボード誌のヒットチャート・トップ四〇入りを果たした(最高位は三七位)36。また七九年七月発売のシングル「波乗りパイレーツ」――より正確に言うならそのB面に収録された同曲の「U.S.A.吹込盤」――ではコーラスに何とビーチボーイズのメンバーを従えて歌っている35
P.80 1段目後ろから9行目 また同じ時期には所属事務所T&Cミュージックの脱税事件や大物総会屋との癒着が取り沙汰されるなど、人気の降下に拍車がかかる。 さらには所属事務所T&Cミュージックの脱税事件や同事務所会長と大物総会屋との癒着が取り沙汰されるなど、人気の降下に拍車がかかる。
P.82 1段目後ろから7行目 のあいだには《当時の録画テープが高額で闇取引されるほどのカルト番組》 のあいだにはアメリカでは《当時の録画テープが高額で闇取引されるほどのカルト番組》
P.82 2段目後ろから7行目 先鞭を切った 先鞭をつけた
P.86 3段目後ろから5行目 ヒッチコックの『めまい』を遅回しで ヒッチコックの『サイコ』を遅回しで
P.87 4段目後ろから12行目 はっぴぃえんど はっぴえんど
P.88 4段目後ろから12行目 CBSソニーの社長(七〇年〜七二年)を務め、 CBSソニーの社長を務め(七〇年〜八〇年。途中よりソニー副社長などと兼任)
P.96 下から10行目 『SPA!』の「美女研究所」 『SPA!』の「美女研究所」



 『ZAMDA』第10号二刷に関するお詫びと処置

 1月25日(土)、中野ハルコロホールでの「解放治療の宴」会場にて、小誌『ZAMDA』第10号をお買い上げいただいた方々にお詫び申し上げなくてはいけません。

 実は、昨日販売したのは、上の表であげた誤記などを訂正した上で増刷をかけたものなのですが、その作業段階でのミスで、同号22ページの文章がその前後のページとつながらなくなっています。

 本当に申し訳ございません。この場をお借りして深くお詫び申し上げます。

 と同時に、その処置として、同ページに入る正しい文章をここにアップいたしました。お買い上げいただいた方は、お手数かけますがぜひご確認ください。

 しかしなぜこのようなミスをしてしまったのか。その後パソコンに保存された元原稿を確認したところ、ページの構成上問題はなかったので、おそらく作業段階で試しにプリントアウトしたものを増刷用の版下にしてしまったものと思われます。よってこの件に関しては、編集長である近藤に全責任があります。本当にごめんなさい。二度とこのような過ちは犯さないと、ここに誓います。


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